菊地成孔(きくちなるよし)
ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。2011年には邦人としては初のインパルスレーベルとの契約を結び、DCPRG名義で「Alter War In Tokyo」をリリース。主著はエッセイ集「スペイン の宇宙食」、マイルス・デイヴィスの研究書「M/D~マイルス・デューイ・デイヴィス3世研究」等。
Text:山田 真弓 Photo:稲垣 徳文
2002年からクオバディスを使っています。毎年、手帳が店頭に並ぶ季節には文具店に行きますが、棚に並んでいるのをひと目見て、手にして、そのデザインに心惹かれました。以来、毎年、クオバディスと決めています。
特に僕が愛用するマンスリークラシックはヨーロッパ地図、度量衡、ワインの当たり年のヴィンテージチャートまでもが載っている。フランス語の勉強ができるし、資料として充実していますよね。移動中やワインを飲んでいるときなどに、眺めて楽しんでいますね。バーで飲んでいるときに、このワインは17点か……などと(笑)。日本語表記でないからこそ、異国情緒も楽しめて、昔の外国旅行のような感覚にすらなれる。それがまたいいんです。
今、使っているのは1カ月見開きのマンスリータイプ。初期にはバーチカルタイプで24時間のスケジュールが書き込める「H24/24」を使ったこともあります。例えばライブの予定を書いてみたり、そのライブのため、あるいはレコーディングのために、何時から何時まではスタジオ、アポイントメント、睡眠、食事……などと書き込んでいくことができるバーチカルは便利だと思いました。ただ、僕は手帳を常に持ち歩くので、それにはちょっと重かったんです。だから2007年以降は、マンスリークラシック一筋。
マンスリーだとぎっしりとスケジュールを書いたりはしなくなるので、逆にシンプルに書き込むようになります。僕の活動は音楽、執筆、DJなど多岐にわたっていますが、常に、音楽活動が最優先なので、まずライブのスケジュールを先々まで書き込みます。それから、プライベートなこと……僕は完全外食なので、マス目のボトム付近の1ラインは、必ず店の名前が書いてあります。と言っても、東京中のうまいものリストを作ろう!と思っているわけではなく、たいていはトラットリア、ビストロ、バーそれぞれ5、6件ずつをローテーションさせつつ、たまに行くお店、新規のお店が入ってくる感じです。どんな周期で何を食べているのか、把握している方が、今日行くお店も決めやすい。
1日の終わりには、手帳に斜線を引きます。たいした意味はないけれど、今日が終わったという達成感はありますね。小学生時代から、カレンダーにも斜線を引いていたのですが、前の日までに斜線が引かれていることで、今日という日がフレッシュに感じられるんです。今日という日をとてもフレッシュに過ごし、1日が終わって斜線を引けば、明日という日もまたフレッシュになる。翌月、翌々月を見ていくと、未来はずっとフレッシュだと感じられる。逆に過去のページは、線が引かれていて、終わった充実感も得られる。
もちろん、ページの下端の、この切り離せるミシン目も重要。切っておけば、いつでも「今日」が開けますから。
マンスリークラシックに1点だけ文句があるとしたら、カバーのカラーバリエーション! アジェンダ プランニング ダイアリーのエグゼクティブには、相当種類があるのに……もっと種類を増やして欲しい(笑)。僕は、できればカバーのカラーは毎年変えたいんです。でも、種類がないから、3年寝かせてまた同じ色を使う、というローテーションを繰り返しています。ただ、カバー自体は今のアンパラのままにしてほしいんです。表面のシボは本革に近いけれど本革ではない、絶妙な質感がいいんですよね。レフィルのシンプルな感じにもあっていますし。
とにかくデザインが気に入っているのですが、10年使ってきて、その間に仕事でパリに行ったときには、例えばポンピドゥ・センターに行けばモダンアートのようなおしゃれな手帳もありました。でもそこで、それを買っても、毎年入手できるわけではないですよね。僕は、近所でいつも入手できるものを使いたいんですね。安定供給がされていることは、日常使いの手帳としてとても大事です。
マンスリーを使う人の中には、デジタル機器を併用する人も多いと聞きますが、僕はデジタライズされた人間ではないので、携帯電話もスマートフォンではありません。レコーディングも打ち合わせも、紙が主流。移動するときは、クオバディスのマンスリークラシックと、ライフの「プレーンカラー」という無地ノート、そして筆記具を常に持ち歩きます。スケジュールはクオバディスに書いて、アイデアはプレーンカラーにどんどん書き込みます。紙に対するフェティッシュな感覚もありますね。クオバディスの紙質が、とても好きなんです。
スマートフォンとタブレット端末を導入したら、僕の生活は革命的に変わるかもしれません。でも僕はそれを必要としていません。情報過多になりたくないというのが一番大きな理由でしょうね。常にスマートフォンや携帯端末で情報を検索して、たくさんの情報に囲まれる必要を感じていないんです。
世代的なものと言うより、僕は、今以上のテクノロジーは自分の生活には取り入れないでおきたいと思っています。今や講師を勤めているときに卓上や楽器の横にPCを立ち上げている学生を見かけますし、食事をしていてもスマートフォンでSNSをやっていたり、僕が「これおいしいね」と言えば、その料理名を瞬時に調べたり、「今この店はランキングで3位」などと言われたりします。でも、それはいらないのでは? と思うんです。良くないとは思わないけれど、自分の「心地いい」感じとは、ズレてしまう。ファッションやライフスタイルそのものにも通じますが、なんでも、どんどん進めばいいというわけではないと思うんですね。僕のそうした「心地いい」の象徴が、クオバディスなのかもしれません。
だから今や、移動中はスマートフォンを操作したり、ヘッドホンで音楽を聴いたりする人がほとんどですが、僕は携帯音楽プレーヤーすら持っていません。海外でも日本でも、移動中は手帳を眺めています。スケジュールを確認するだけでなく、それこそ度量衡やワインチャートを覚えるほど眺めている。必然的に、付き合いは深くなりますね(笑)。